国会レポート

牧原出氏、中島忠能氏、只野雅人氏への参考人質疑(国の統治機構に関する調査会)

2014年5月14日
議事録を読む(参考人意見)
第186回国会 国の統治機構に関する調査会 2014年5月14日

本日の会議に付した案件
国の統治機構等に関する調査 (「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方 (中央省庁等改革及び独立行政法人制度))

〇会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は「中央省庁等改革及び独立行政法人制度」について参考人から意見を聴取いたします。
御出席いただいております参考人は、東京大学先端科学技術研究センター教授牧原出君、元人事院総裁中島忠能君及び一橋大学大学院法学研究科教授只野雅人君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
議事の進め方でございますが、まず牧原参考人、中島参考人、只野参考人の順にお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、牧原参考人からお願いをいたします。牧原参考人、どうぞ。

〇参考人(牧原出君) 東京大学先端科学技術研究センターの牧原です。専攻は行政学で、官僚制の政治史研究を行う傍ら、日本の行政機構、さらには統治機構が進めてきた改革の問題について研究してまいりました。
そうした政治史と行政の現状分析の観点から、ここでは、現在の日本の統治機構が置かれている課題、さらには省庁再編以降の行政改革について意見を申し上げさせていただきたいと考えます。
そもそも行政改革とは、常時必要な政府の営みと言えます。行政機関が市場競争の下に置かれていない以上、常に非効率を生み出す可能性があり、そこから生ずる無駄を排除するためには、行政を監視し、改革を進めるということが必要だからです。しかしながら、行政機構のみならず、立法・司法機関を含めた統治機構の総体的な改革が政治課題と認識されたのは、冷戦終結後、とりわけ一九九〇年代であったと考えられます。日本では、いわゆる政治改革以後、地方分権改革、省庁再編、司法制度改革などが進められてきました。
ただ、この冷戦終結後のグローバル化が進展した時期は、世界的に、第二次世界大戦後、とりわけ冷戦期に確立した制度の見直しが進んだ時期であり、政党再編、立法、行政、司法の諸機関を対象とした統治機構改革は世界的な潮流であったと言えます。そして、こうした潮流における統治機構改革の基本的な方向性は、国家ないしは中央政府のある種の縮小、分解と言えます。一方では、グローバルガバナンスが強まり、国際機関を中心に国際レベルでの課題解決が図られ、主権国家の役割が相対的に縮小しました。他方、国内では、地方分権化によるローカルガバナンスが唱えられ、国の地方自治体への関与の縮小が図られました。経済面では、この時期に進んだ規制緩和もまた政府権限を縮小させていきます。
さらには、統治機構改革の特徴の一つが、独立機関の独立性の強化でした。地方自治体、司法権が改革を通じてそれぞれ独立性を強化しますし、日本でいえば、日本銀行改革、公正取引委員会の強化などもこうした潮流に属すると言えるでしょう。
こうして国家の守備範囲が縮小し、独立機関が内閣の統制に対して自立していくことで、組織的に分解していく方向で改革が進んだのが一九九〇年代の特徴であったと言えると思われます。
これに対して、二〇〇八年のリーマン金融危機によってこうした潮流が根本的に変化していったと考えられます。それは言わば国家の復権、再強化であります。
経済危機に対してヨーロッパでは首脳会談によって国家破綻を救済するスキームがつくられ、景気後退に対しては各国が膨大な財政支出を行うことで恐慌への突入を防ぎました。この間、国際機関がかつてほどは機能したとは言えないと思われます。経済危機がグローバル化の先端領域であった金融部門のゆがみから生じたように、グローバル化は、単に人々の交流が活発になり企業活動が世界規模で展開されるようになったというプラスの面のみならず、所得格差の拡大、会計の不正処理、組織犯罪などがグローバルに拡散したという負の側面があるということが強く認識されたわけであります。そして、これへの対処は主権国家をおいてほかにないということが了解されてきたわけであります。
ちょうど日本では、二〇〇九年の民主党政権の成立によって政治改革が目標としていた政権交代が果たされました。初期の民主党政権は、まさに冷戦終結後の統治機構改革の論理に沿ってグローバルガバナンスとローカルガバナンスを強化したと、今振り返ると考えることができるように思われます。東アジア共同体の創設構想や地域主権改革がそれらに当たると言えます。また、政治主導による官僚の影響力を縮小しようとしたのは、主権国家の縮小という、この時期の改革の基本線上にあるものとも考えられます。
しかしながら、東日本大震災によってこの方向性は行き詰まり、以後は世界的な潮流に沿って国家主導の震災からの復興政策を取っていったとも言えるでしょう。表面的には震災をきっかけに変化したように見える民主党政権も、やや遅れて世界的な改革潮流の転換に倣ったと私は考えております。
ただし、ここで言う国家の復権、再強化は冷戦期の中央集権、官僚主導の国家の再現ではありません。現在必要とされているのは、一旦分解した公共部門のもろもろの組織を再び結合することであります。国家に求められるのは、強力な統制、コントロールの権限ではなく、粘り強くステークホルダーに了解を取り付ける強靱な調整能力です。ギリシャ危機に備えてヨーロッパの首脳は何時間も続けて会談を行ったように、集中的な協議と問題解決のスキームを状況に合わせて絶えず更新していくということが国家ないしは内閣には求められています。
以上のような構図を基に、これからの統治機構は何を目指せばよいのでしょうか。
その際に前提としなければならないのは、第一に、政権交代はどのような形であれ今後繰り返し起こるであろうことです。イギリスなどウエストミンスターモデルと呼ばれる国々では、政権交代は八から十年ぐらいのサイクルで生じます。総選挙で勝利した党が次の選挙でも勝つが、初回ほどは勝利できず、その次の選挙で与野党逆転が起こるというのが一つの基本形と言えます。そのように考えますと、現在の政権がかつての一九五五年体制のように永続的に政権を占め続けるというのもまた考えにくく、やはりいつかは政策の失敗によって行き詰まり、ある種の政権交代が起こるであろうということが現実的であります。
第二に、一九九〇年代の改革の成果であった独立機関の独立性は、むしろ今後より強化されなければいけないということであります。こうした機関の独立性は、おおむね日本国憲法が本来想定した制度原理であり、一九九〇年代の改革はむしろこの憲法の原理をより直接に表現したと言うことができます。しかも、司法権や地方自治を強化するということは、多様化が一層進むであろう今後の日本社会にとり不可欠と言えます。
第三に、その反面として、省庁再編が課題とした内閣機能の強化は、内閣の守備範囲が限定されていることを前提としなければならないわけです。かつての自民党政権下では、自民党が半ば永続的に与党であることを前提に制度の運営がなされたため、独立機関に対しては何十年も繰り返す人事を通じて内閣のコントロールが及びました。しかし、今後は政権交代があり得るとすると、独立機関には与野党双方の人事の影響が及ぶことになります。一時的に政権に寄り添うかと思うと、何らかの事件を契機に政権から離れるという揺れ動きを経つつ、独立機関は内閣から一定の中立性を保つものと考えられます。その時々の内閣に必要なのは、そうした諸機関をむやみに統制することではなく、言わば並立するステークホルダーと捉えて粘り強く交渉することだと思われます。国と地方の協議などはその典型例であろうと考えられます。
そして、こうした強力な調整力の実動部隊はやはり官僚機構です。二〇〇一年の新しい省庁編成の下で、内閣への出向が格段に増えた結果、各省の官僚たちは省の枠を超えてかなりの程度、ごく自然にオールジャパンの発想を取るようになってきたと私は捉えております。こうした意識を持った官僚の調整力を更に強化していく必要があると考えられるわけです。
第四に、インターネットやスマートフォンの普及など、IT化の進展によって政府には決定の加速化と透明化がいや応なしに求められます。これは多様な要求が一挙に政府に押し寄せるといった状態が日々続くという意味で、政府に対する社会からの圧力が高止まりするということを意味します。そこでは、堅い制度を新しく築くのではなく、既存の制度をうまく利用しながら日々の要求に対して説明責任を果たしていくということが政府に求められるのではないかと思われます。
したがって、今後の統治機構の在り方については次の諸点が課題になると思われます。
第一に、政権交代が続き、政府への強い要求が日々継続する中では、一九九〇年代のように、じっくりと政府機構を検討して抜本的に改革するという余裕がないということです。
一九九〇年代の地方分権改革を進めた地方分権推進委員会の中間報告は、この地方分権改革を差し当たり念頭に置きつつ、この時期の制度改革に共通する特徴をこう述べています。相互に複雑に絡まり合っている諸制度の縫い目を一つ一つ慎重に解きほぐし、システムの変革に伴いがちな摩擦と苦痛の発生を最小限度に抑えながら、諸制度を新たなデザインに基づいて順序よく縫い直して、その装いを新たにしていくべき事業であるというわけです。
しかしながら、そのような事業を行うには何年も掛けて改革を議論することが必要です。ITが普及していなかった一九九〇年代にはそれが可能であったとしても、現在では時代の変化が検討作業のはるか先に進むことが予想されます。
また、与野党の方針が根本的に異なることが想定されるとするならば、幾代もの政権を超えた抜本的な制度改革というのは非現実的ではないかと思われます。憲法の全面改正などというのは、これもまたほとんど現実的ではないと言うべきであり、私は、一九九〇年代のような統治機構改革を現在構想するのはやはり余り意味がないのではないかと思っております。むしろ、一度分解しかけた公共部門の諸機関を課題に合わせて緩やかに結び付けていったり、解きほぐしたりするということが改革には求められるのではないでしょうか。
第二に、そうだとすると、各機関を良好な競争状態に置くことが必要であると思われます。一九九〇年代の改革では、官僚ないしは政府へのバッシングと、どこかに仮想敵を見立てて一時的な人気を狙う政治のポピュリズムが広まっていました。そこでは、むしろ改革によって機関同士が互いの活力を減退し合うという風潮があったように思われます。
これに対して今後必要なのは、政党、内閣ないしは官邸、各省、もろもろの独立機関がそれぞれ活性化し、日本の国力を総体として伸ばしていくということになるのではないでしょうか。与党が強力化すれば、それを目標に野党も組織力を付け、政治家が統治能力を高めれば、政治的中立を保つべき官僚も政策能力を磨いていく。そうした競争のための環境整備が統治機構改革の目標になると思われます。
第三に、このように競争力を高めた諸機関が過度な緊張関係に立ったときに、対立を調停するための裁定機関の確立が望まれます。これが戦後日本においては非常に弱かったのではないかと思われます。
今必要なのは、やはり最終的には司法権の強化ですけれども、それ以外にも国と地方の協議、衆議院と参議院の間の両院協議会、与野党協議の場といったもろもろの場で、ある種の裁定機能の強化が求められるものと思われます。これをどのように行うかが今後の課題でしょう。
第四に、そうした裁定機能の前提となるのは、公共部門のそれぞれの場における行動規範の再定義です。
例えばイギリスでは、公共部門の諸機関について職員の行動規範を検討する委員会が一九九〇年代から継続してあり、年次報告書や特別の報告書が次々と出されています。そうした地道な検討の場の設置を考える必要があるのではないかと思われます。
第五に、統治機構の法制度ではないとしても、統治を担う機関として重要なのは政党です。他の機関を活性化する改革をするのであれば、並行して政党ガバナンスの強化が検討されなければならないと思われます。衆議院議員の任期に合わせた党首の選任、議員の政策能力と統治能力の強化、また、公務員制度改革で年功序列の緩和が図られるのであれば、政党においても当選回数を基礎にした年功人事というのは廃止されるべきではないかと思われます。
そして、このように見た場合、やはり内閣においては機動的な決定が求められますので、内閣官房、内閣府のスリム化は不可避であります。これに伴い、各省による水平的調整がやはりより強化されなければならないのではないでしょうか。
他方で、先ほど申し上げましたように、内閣に出向することでオールジャパンの感覚を官僚が得るようにするということが行われたとするならば、内閣、内閣官房をスリム化し過ぎることも問題であると思われます。だとするならば、私は、内閣府をスリム化する一方で、内閣のスタッフとしての内閣官房はむしろ強化されなければならないのではないかと思われます。
実質的な裁定者は政治家ですけれども、それを的確に補佐する官僚集団が内閣官房で機動的に活動するということが求められると思われます。現在は二つの政権交代後の移行期と言えます。そこでは、行政が強化される一方で、政治の側では政党ガバナンスが強化されることが求められるわけで、その結果、各党間で国家の基本政策について共通了解が生まれたときに、今度は政権を超えた長期的な改革課題に取り組むことが可能となるのではないでしょうか。
それでもなお、統治機構は、急速に変化しつつある国内外の状況に合わせて柔軟に組み替えられるよう、可能な限り既存の組織を活用しつつ、鋭意合意獲得を目指していくということが必要ではないかと考えられます。
以上です。

〇会長(武見敬三君) ありがとうございました。
それでは次に、中島参考人、お願いいたします。中島参考人、どうぞ。

〇参考人(中島忠能君) 中島でございます。よろしくお願いします。
今日は意見陳述の機会をお与えいただきましてありがとうございます。精いっぱいお話をさせていただきたいと思います。
まず、私がお話を申し上げたいのは、何といっても、近々創設される予定の内閣人事局が有効に機能いたしまして、日本の公務員制度というか、政治を補佐する官僚組織というものが立派に機能するようにしていかなきゃならないという観点から申し上げます。
内閣人事局というものを創設する狙いというのは、国家公務員法の改正の提案理由の中で述べておられるように、能力主義、実績主義というものを基本に適材適所の視点に立った戦略的人事配置というものを実現して、強力に政策を推進していくようにしたいということでございます。
この期待というものを実現していくために、私が申し上げたいのは二つございます。一つは、この法律の中にも書いてありますように、幹部公務員候補者名簿というものを官房長官がお作りになると。その際に、私は、各府省大臣から幹部候補者の案というものを提出させて、それを基にして官房長官がお作りになるというように、やはり各府省大臣というものを法律上きちっと位置付けておいた方がいいんじゃないかということでございます。
というのは、何といいましても、幹部公務員の資質とか能力というものを一番よく知っておるのは、日頃から職務執行を通じて幹部公務員といろいろ議論をし、そしてまた方向性について話し合う、そういうことをなさっておる各府省大臣でございます。だから、この各府省大臣というものが一番幹部公務員の資質、能力を知っておるから、それから案を出させるということを前提に官房長官がお作りになるということがいいんじゃないかというふうに思います。
この内閣人事局のことにつきまして二番目に申し上げたいのは、外部人材の登用というものを予定されていると思います。それならば、外部人材を登用するという条文をお作りになって、そして同時に次の二つのことを規定すべきだというふうに思います。
一つは、外部人材というのは、公務の世界とは異なった倫理観とか価値観が支配している分野から登用されるわけですから、何といいましても、その方たち、そのおいでいただく方の適性とか資質というものをきちんと審査すべきだというふうに思います。そして、その審査機関というものを法律上定めておくことが重要じゃないかと思います。これは、先進諸国の例を見てもそういうことが行われておりますので、日本においてもそれは行うべきだというふうに思います。
そして二番目に申し上げたいのは、外部人材を登用する場合に、任命を避けるべきポストというものが官庁の中にはあるだろうと。例えて言いますと、契約関係とか捜査関係というようなものでございますけれども、そういう任用を避けるべきポストというものをできるだけ早く法律に定めておくということが必要だというふうに思います。
それから、何といいましても、その狙いどおりにこの内閣人事局というものが機能いたしまして、幹部公務員というものが良き政治の補佐をするパートナーとして機能するようにしていただきたいということでございます。
それから、私が第二番目に申し上げたいのは、私の方で意見陳述内容ということでお手元にお配りさせていただいておりますけれども、黒い丸が五つございますけれども、十五分間ということでございますので少しはしょってお話をさせていただきますけれども、二番目に、下から二つ目の、与党が陳情処理を通じて箇所付けを行うなど行政の担うべき権限が内閣に一元化されてないということが書いてありますけれども、政党あるいは政党人が行政に関与して行政の中立公正性が失われておるんじゃないかという議論は、実は公務員制度改革基本法が成立する前からありました。
そこで、当時行われましたのは、いわゆる族議員というふうに通称言いますけれども、その族議員の方と官僚というものが密接な関係というものを結びまして、行政の中立性というか公正性というものを失うような、損なうような動きをしておるということが公務員制度改革基本法を作る直前、よく言われました。そして、これを避けるためにどうするかという議論を重ねた結果、もう皆さん方お読みになったと思いますけれども、公務員制度改革基本法の五条三項に、公務員と国会議員が接触した場合に、その接触の記録というものを作ってそれを保存して、そしてその公開をしていくということで対応していこうということでその法律の条文ができています。
特に、その条文の後半に、個別の事務とか事業の執行に関して接触した場合にはその記録というものを積極的に公開することというふうになっておりまして、これによって行政の中立性、公正性というものを確保していこうということでございます。やはり、行政の中立性、公正性というのは、政治信条とかそういうことに関係なく、全て国民は平等に行政サービスを受けなきゃならないという、そういう考え方からきているわけですから、そういうことを実現していこうということで、公務員制度改革基本法の五条の三項にそういう条文を設けたという経緯がございます。
しかし、この当時は、いわゆる一人一人の国会議員さんが官僚と接触いたしまして陳情とかあるいは要請というものを実現するように努力されたわけですけれども、政権が替わりましてから、実は政党が組織的に行政に関与するという現象が生じました。これはもう皆さん方も記憶に新しいと思いますけれども、平成二十二年度の予算編成というものを控えまして、党の幹事長室で陳情とか要請というものを一括管理して、そしてランク付けするという方針を打ち出したわけです。しかし、その狙いは何かということで、当時幹事長をなさっておった方の話では、新聞にその談話が出ていましたけれども、政官業の癒着というものをなくして一連の過程の透明性、公平性を確保することを狙って幹事長室で一括管理するんだということでございました。この声明を見たときには、これで行政の中立性、公正性というものが確保されて、全体の奉仕者として公務員も仕事ができるようになるんだなというふうに思った人もたくさんいたと思います。
ところが、その後の推移というものを見てみますと、党の方では陳情、要請というものを仕分ける基準として、陳情等の内容というのはもちろん重要ですけれども、それ以外に選挙への貢献具合等というものを陳情、要請の区分けの基準としてランク付けすると。そのランクというものは、特A、A、そしてBというふうにランク付けしてそれを各省の方に渡すというようなことが明らかになりまして、いや、これはまあ大変だなというふうに思いました。
ちょうどそのときに幹事長が新聞記者に語ったのは、議員が地方で陳情を処理することで足腰を鍛えて、党の弱みである地方組織の強化というものを図りたいと、そういうふうに考えているんだということを幹事長が新聞記者にそういう発言をしたということが当時出ていましたけれども、表向きの理由とまた政治的な狙いというものは少しずれているなという感じがしましたけれども、これが実は表に出まして、平成二十二年度の予算案というものを審議している予算委員会が度々中断したということでございました。なかなか思いどおりにはいかないなというふうに私たちも情けなく思っておったんですけれども。
いずれにいたしましても、やはり、行政というものは内閣に属するということを憲法に書いてあるわけですから、実質的な行政の決定権というものを内閣が少し失うというようなことはあってはならないというふうに思います。また、そういうことがないように幹部公務員も努力していかなきゃならないし、国会議員の皆さん方にもその点は御支援願って、憲法に書いてあるように公務員が全体の奉仕者として仕事ができるようにしていただきたいなというふうに思います。それが私が申し上げたい第二点でございます。
それから、第三点として私がお話をさせていただきたいのは、私が配付しました陳述内容の一番最後でございますけれども、公共事業について少し行政の裁量は大き過ぎるんじゃないかという感じがしております。そして、この大きな裁量で行った公共事業について、政権が替わると途中で中止だというふうなことが起こりまして、現場では大変混乱いたしましたけれども、私もその現場で五年間ほど苦労いたしましたので、その公共事業に協力をしてくれた住民の嘆きというか涙というのを現に見てきたわけですけれども。
行政が大きな裁量をいただいて、それで何百億、何千億という総事業費の公共事業をやるということ、そして、途中で政権が交代したときに中止だと、やめるということがいかにとにかく大きな影響を地域に与えるかということで、この予算の組み方というのを少し変えたらどうかというふうに思います。
というのは、現在、公共事業というものを含む予算というのを見てみますと、例えて言いますと、平成二十六年度の予算案の中に、款項目節とあるわけですが、その項のところに多目的ダム建設事業費四百六十二億三千八百六十七万円というのがあります。そして、四百六十二億三千八百六十七万円というものを十の多目的ダムの建設事業費に使うんだというんで、説明のところで十の多目的ダムが挙がっております。
そして、予算が決定しましたときに何が議決対象になったかということは、項、多目的ダム建設事業費四百六十二億三千八百六十七万円だけが議決対象になっておって、説明のところは、今申し上げたそれを国会議員さんに、審議される国会議員さんに参考にしていただきたいということで説明資料が挙がっておるということです。
したがって、この項のところに挙がっておる多目的ダム建設事業費の中で、大きな多目的ダムを造る、それに幾ら掛けて造るかというのはもう行政の裁量というか、それで決められておるということですから、やっぱり総事業費が例えて言いますともう一千億を超えるものは最初の段階で審議の対象にして国会の議決対象にしたらどうだと。
そして、国会の議決でそれを実施するということで議決していただければ、後で国会議員になった方、後で大臣になった方も、それは俺は知らないとはやっぱり言わないだろう。それは法律と同じように、あの法律を審議するときには俺は国会議員でなかったから知らないと言えないのと同じように、予算というものは一遍議決して成立いたしますと法規的な性格を持てるというふうに言われておりますから、それは国会議員さんもそういうことを言いづらいだろうということで、この大規模公共事業については、行政の裁量の範囲というものと併せて、議決の仕方、議決の対象というものをもう一度議論をし直していかなきゃならないんじゃないかということを申し上げまして、私の陳述を終わりたいと思います。
ありがとうございました。

〇会長(武見敬三君) ありがとうございました。
それでは次に、只野参考人にお願いをいたします。只野参考人、どうぞ。

〇参考人(只野雅人君) 只野でございます。
本日はお招きいただきまして、また発言の機会をいただきましたこと、感謝申し上げます。
この間、中央省庁改革を始め様々な改革が行われてまいりました。それは統治機構全体、あるいは場合によりますと憲法の機能にも随分大きな影響を及ぼしてきたように思います。私、憲法学を専門にしておりまして、特に統治機構を専門にしておりますので、いろいろな関心を持ってきたところでございますけれども、中央省庁改革というのが統治機構全体に影響を及ぼしてきたということからしますと、恐らく内閣や行政機関ということだけではなくて国会の役割を含めて議論する必要があるのではないかということもかねがね感じてきたところでございます。今日の大きなテーマからはやや外れるところはございますけれども、その中で国会が担うべき役割といった視点からの今日は主にお話をさせていただければというふうに思います。
この中央省庁改革の基本線を提示いたしましたのが、御承知のように九〇年代末にできました行革会議の最終報告でございます。報告書を改めて読んでみますと、レジュメにも挙げましたように、様々な視点が提示されておりまして、それに基づきまして官邸や内閣機能を強化する、あるいは中央省庁の大くくりの再編成を行う等々、様々な改革が提案されておりまして、これに基づいて制度が変わってきたと、こういうところがあろうかと思います。
中でも特に憲法学の視点から重要かなというふうに思いますのが、内閣それから首相の役割、そしてその補佐機構の強化と、こういった点であろうかというふうに思います。
特に注目したいというふうに思いますのがレジュメにも挙げました一節でございまして、これはよく知られたものでございますが、「内閣が、日本国憲法上「国務を総理する」という高度の統治・政治作用、すなわち、行政各部からの情報を考慮した上での国家の総合的・戦略的方向付けを行うべき地位にあることを重く受け止め、内閣機能の強化を図る必要がある。」と、こういう一節でございます。
一言でくくりますと、強い中心をどうつくっていくのかと。必要があればスリム化なども組み合わせながら、それをどういうふうに組織していくのかということが強く意識されている。更に言いますと、憲法との関係も意識されているということであったかと思いますが、実は報告書を読みますと、もう一つ別の視点も提示されております。抑制と均衡といいましょうか、強い中心をつくる一方で、それに対するバランスをどう取っていくのか、こういう話であったように思います。
具体的にその報告書の中に出ておりますのが地方分権、それから国会のチェック機能の一層の充実、それから司法制度改革と、こういうことでございますが、本日は特にその二番目ですね、国会のチェック機能について、通常、憲法学なんかで用いられる用語ですと統制ということになろうかと思いますが、その辺りについて少しお話をさせていただければなというふうに思っております。
内閣機能なり首相の指導性を強めるということになりますと、当然、その基盤をどうつくり込んでいくのか、とりわけ正統性をどう調達するのかということが大きな課題になってまいります。この点では、御承知かと思いますが、何といいましょうか、議院内閣制の直接民主政的運用あるいは政権選択の論理といったものが重視されてきたように思います。つまり、国民が内閣や首相あるいは政策を選択するという機能が非常に強調される。それを踏まえた上で、言わば政治の中心に内閣を位置付けて、内閣が官僚を統制していくのだ、使いこなしていくのだと、こういう図式がこの間非常に強調されてまいりました。これは一つ踏まえておくべき点であろうというふうに思います。
これは、どちらかといいますと、統治の正統性、ガバメントの問題でございますけれども、しかし当然、それだけで十分かという問題はあるわけでございます。特に最近、日本でも、あるいは諸外国を見ましても、ガバメントの正統性ということだけではなくてガバメントの質といいましょうか、ガバメントから生み出されてくるアウトプットの質というものが非常に強く問われているような気がいたします。実は、この点でも国会が果たすべき役割というのがあるのではないかというのを少し後ほどまたお話をしてみたいというふうに思います。
以上のような改革を憲法学がどう受け止めてきたかということでございますが、様々な受け止め方がございますけれども、ある有力な学説が主張いたしましたのが、従来憲法学が描いてきた統治イメージを転換する必要があるのではないかと、こういうことでありました。従来の説明ですと、国会が立法を担って内閣や行政がそれを執行すると、こういう形で説明がされてきましたけれども、むしろ内閣自体が政治を担っている、内閣自体が言わばアクションを起こすと、こういった位置付けであって、むしろ国会の役割というのは、それをコントロールするということに重点を置くべきではないかと、こういう図式が一部では提示されてまいりました。
政治の中心に国民の支持を受けた内閣を位置付ける、あるいは首相を位置付ける。そして、その政治、内閣を中心とした、あるいは首相を中心とした政治が強いリーダーシップを発揮して官を統制する、あるいは官を使いこなしていく、一方では国会がそれを統制すると、こういうイメージが有力な学説によって提示されてきたところでございます。
また、いま一つ、従来、漠然と行政というような言葉が使われてまいりましたけれども、さきの報告書にもありますように、その中には専門合理性に支えられたような行政のほかに、ある種の政治的、統治的な機能があるのではないかということも指摘されてまいりました。これが先ほどの報告書と重なるような話になってくるかと思います。ただ、実際に政治と行政を仕分する、特に機能的な面から分けるというのは非常に難しいところがございます。そこで、政治は選挙の基盤を持った勢力が担う、それ以外の部分を官僚機構が担うと、こういう発想で実際の運用がなされてきたのかなというふうな受け止め方をしているところでございます。
ところが、憲法との関係で申しますと、やはりこうした説明には少し問題もあったのではないかというのも感じております。
これは、特にこの間のねじれを通じて御承知のとおり明らかになったところでございまして、従来は内閣は国会の信任を受けるということが強調されておりましたが、先ほどの構図では、国民が特に衆議院議員の多数の選出を通じて内閣を選ぶと、こういう視点が強調されてまいりました。
モデルになったのは御承知のようにイギリスでございますが、イギリスの場合には第二院は貴族院でございますので、それでも支障はないのですが、日本の場合、選挙された非常に強い権限を持った第二院が憲法上配置されているということが当初十分認識されていなかったような印象を受けます。そこで、その後、ねじれといったふうな現象が出てまいりますと、なかなか当初想定されたような形で内閣なり首相主導の体制が機能しないと、こういう問題が出てまいりました。
私自身は、衆議院だけではなくて参議院も視野に入れた上での政権形成というものを考えるのがよいであろうというふうに考えておりますが、これはちょっと今回のテーマを外れますので、ここでは深入りしないことにいたします。
いま一つ、ここまでのお話で少し気になったところを付け加えますと、政治主導、政治の優位ということがこの間非常に強調されてまいりました。その中心は内閣であり、首相であったわけですが、それを支えるのが先ほどお話をした政権交代、こういう論理であったわけです。
ただ、やはりそこですごく気になりますのが、政治というものが非常に過度に単純化されて捉えられてきたのではないかと、こういうことでございます。これは、国民に選択をしてもらうという契機を強調しますとどうしても仕方がない部分もあるのですけれども、政治という営みが持っている複雑な部分というものが十分に認識されずに、単純化されたところだけが強調され過ぎた嫌いがあるのではないかと、こんな感じがいたします。
さっきもちょっと申しましたように、政治と行政を区分するというのは実際非常に難しいところがございます。それから、政治と行政にはそれぞれ違った役割が期待されているところもございます。その政治と専門性や中立性をどう突き合わせるのかと、あるいは、国会が例えば統制というような役割を担うとすると、そこにどう向き合うのかということがやはり改めて課題として問われているような感じがいたします。
考えるべき課題はいろいろあるのですけれども、先ほどちょっと御紹介しました行革会議の報告書にもありますとおり、内閣機能を強化する、あるいは首相の指導性を強化するということと本来セットで論じられるべき点であった国会の統制機能をどう考えるのかという問題について、最後に一言だけお話をさせていただきたいというふうに思います。
この国会の統制機能というものは、実は憲法上はっきりと書かれているわけではございません。ただ、これはいろいろな条文の中に分けて規定されていると、言わば無名の権限と言うのが適切かどうか分かりませんが、そういったものであろうというふうに思います。
さきに行政の中に政治的な部分とそうでない部分があるというふうなお話をいたしましたけれども、恐らく国会による統制というのを考えます場合、内閣が担っている政治的な部分だけではなくて、行政機構に対する統制というのもやはり併せて考えていく必要があるであろうと、こういう感じがするわけです。
ただ、その統制を考えます場合、一つ非常に難しい問題として出てまいりますのが、議院内閣制の下では多数党が内閣を組織するということでございまして、そうなりますと、どうしても多数派対少数派といいましょうか、日本風に言いますと与党対野党という構図が前面に出てまいります。諸外国では少数派の権限を強化するというような議論もされてはいますけれども、やはり主としては、恐らく野党を担い手とするであろう統制機能が十分に機能しないと、こういう構造的な問題があるわけです。その辺りも含めました上で、国会の役割というのを改めて考えてみたいというふうに思います。
一つちょっと手掛かりにしてみたいなと思いますのが、フランス憲法に置かれています条文でございまして、実はこれは二〇〇八年に改正があって新しく付けられたもので、言わば国会のミッションを定義すると、こういう規定でございます。
一つは法律の議決、二番目が政府の行為の統制、それから三番目に公共政策についての評価というちょっと新しい機能が付け加わっております。この三番目というのは、広い意味では統制の中に含まれるものですけれども、やはりちょっと伝統的な統制には収まり切れない部分を持っているということでこのような規定になっているのではないかなというふうに思います。
この三つに即して最後にちょっとまとめとしてお話をさせていただきますと、統制という話をずっとしてまいりましたけれど、併せてやはりもう一つ確認すべきは、国会が立法機能を持っている、法律を議決する権限を持っているということであろうと思います。
重要な政策を実施しようとしますと、やはり法律という経路を取らざるを得ないということでございます。もちろん、議決の部分ではどうしても多数が有利になると、多数派優位になるということになりますけれども、特に注目したいというふうに思いますのが、その議決に至るまでのプロセス、とりわけその審議のプロセスでございます。
先ほど参議院のプレゼンスというようなお話をいたしましたけれども、本来、二院制の立法過程を考えます上で非常に重要になりますのが、両院の間で法案が往復していく過程でその修正が図られたり、立法の質が高められたりするということでございまして、よくシャトルシステムとかナベットと、こういうふうに呼ばれるものでございます。従来の国会審議拝見していますと、やはりその部分が十分意識されていなかったのではないかという感じがいたします。
それからもう一つは、審議の中で様々な質問等が行われることになります。例えば、答弁の中で、法律の運用や解釈について重要な答弁が行われたり、あるいは法文の意味を限定するような答弁が行われたりというようなこともございます。これは統制というふうに見ることもできますが、やはり立法の中にも行政の在り方を縛るような重要な視点を盛り込むことができる、そういう契機になるのではないかと、こんな感じがしております。
それから最後に、先ほどちょっとフランスの話をさせていただいたのですが、なぜわざわざ評価ということが付け加わっているのかという、その背景について少し考えてみたいと思いますが、大きくは二つの理由があるのだろうというふうに私自身は思っております。
一つは、どうしても議院内閣制の場合、多数派対少数派と、で、多数派の優位という構図が前面に出てしまいますが、そうなりますとなかなか統制がうまく機能しないと。しかし、評価というようなことについて言えば、やはり与野党が協力して行える部分が随分あるのではないか、従来の統制とは違った形で国会が果たすべき役割というのがそこから生まれてくるのではないかと。多分こういう意識があるのではないかというふうに考えております。
いま一つが、さきにも少し申しましたが、ガバメントというよりはそのガバメントの質の問題、やっぱりガバナンスの問題ですね。これをどう担保していくのかということが今日いろんな意味で問われております。こういう話をしますと、どうしても専門合理性を持った機関が重要だという話になるのですけれども、しかし、その専門合理性というのも、実はよく考えてみますと、いろいろな特殊利益と結び付いているところがございます。ですから、それを評価するということになりますと、やはり政治の役割というものが求められてくるところがあるのではないか、とりわけ議会、国会の役割というのが必要になってくるところがあるのではないかと、そういう中から評価というふうなものが出てきたのかなというふうに考えているところでございます。
時間も参りましたので、話はこのぐらいにさせていただきまして、足りない部分は後の質疑の中で補わせていただければと思います。
どうもありがとうございました。

議事録を読む(参考人質疑)
〇倉林明子君 日本共産党の倉林でございます。
今日は、三人の参考人の皆さんに意見陳述をしていただき、ありがとうございます。
今回テーマになっております中央省庁の改革、また独立行政法人制度ということで、内閣の機能強化とセットで行われてきたという経過があると思うんですね。先ほど紹介もありました一九九七年の行政改革会議の最終報告では、この国の再構築を図るという大きい提起がされて、基本的にこの行革の流れというのは政権が替わっても続いてきたものだと思っているんです。
一連の改革の背景、国民の目から見て一体どんな背景があったかということを考えた場合に、あの金権腐敗と言われた政治に対する大きな不信があったというふうに思うんですね。この国民の政治不信をどう払拭していくのかという観点から、この行政改革というのが一体成功したと言えるのかどうかということをそれぞれお三方に伺っておきたいと思うんです。

〇会長(武見敬三君) それでは、まず最初に只野参考人、どうぞ。

〇参考人(只野雅人君) では、私の方からお答えしたいと思いますが、今の御質問ですけれども、なかなか政治不信を解消するような形で機能しているとは正直言い難いのではないかと、率直にこういう印象を持っております。
どうしたらよいかということですけれども、もちろん更に改革を考えるというのは一つなんですが、今日ちょっと申しましたのは、やっぱり国会の役割というのが非常に重要ではないかというのは私自身非常に感じております。国会がきちんと統制機能を果たすということはもちろんなんですけれども、それだけではなくて、さっき申しましたように、統治の質の問題といいましょうか、こちらについてもきちんと切り込んだ議論をしていただくということが、長い目で見ますと今の御質問のような問題を解消する一つの方向性になるのかなと、大まかにはそんなふうに感じているところでございます。

〇会長(武見敬三君) それでは次に、中島参考人、どうぞ。

〇参考人(中島忠能君) 政治不信ということをお話しになりましたけれども、政治不信というのは、政策の失敗があっても政治不信というものは出てきますし、倫理違反事件があればあるでまた政府不信というものは出てきますから、何を根拠にして政治不信が出てきたかということはなかなか言いづらい話になるわけですけれども、二十一世紀に入りましてから今日まで、私は、全体としては政治というのは与野党ともよくやってこられたんじゃないかというふうに思います。
ただ、それは立場によって評価が違うと思いますけれども、議員が何を根拠に政治不信が出てきたとおっしゃるのかというところは、もう少し話を詰めていかなきゃちょっとお答えしにくいなというのが正直な感じですね。

〇会長(武見敬三君) では次に、牧原参考人。

〇参考人(牧原出君) 行政改革会議の政治不信に対する最も重要な応答というのが、各省のセクショナリズムを打破して迅速に機動的に内閣で意思決定をするということではなかったかと思いますが、それに関してはある程度の成果を私は達成したのではないかと考えております。その調整力、かつてに比べると調整力は向上したのではないかと考えております。ただし、それ以外に二点、やはり課題があったと思います。
一つは透明化でして、これは、それ以降のいろいろなIT化に伴う議事録の公開といった様々な試みがなされていますけれども、やはり透明化はまだまだ不足しているのではないかというふうに思うわけでございます。
そしてもう一つは、実はその調整というのは、起こった課題への対応ということはあるわけで、そうではなくて、内閣府をたしか知恵の泉と当時改革で言ったと思いますけれども、そこからある種の戦略を生み出すという、能動的に政府が対応するということの方はまだまだ足りないのではないか、それによって将来をつくって政治不信を払拭するということはやはりまだできていないのではないかと考えております。

〇倉林明子君 只野参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、首相と内閣中心の体制強化が重視されてきた改革だったと思うわけですが、困難や限界も内包しているという御指摘をされているかと思うんですね。その困難や限界とあわせて、政と官の関係ということについて少し踏み込んで御説明、御意見をいただければと思います。

〇参考人(只野雅人君) ちょっと少し大きなお話になるんですけれども、一つ先ほど申しましたのが、やっぱりこの間進められてきた政治の運用の方ですね、これは中央省庁の改革というよりは、それと並行してどうやって内閣の民主的な基盤なり民主的正統性を強めていくかということでなされてきた運用とやっぱり憲法が予定している統治機構がうまくマッチしていなかったんではないかと、基本的には私こういう認識持っておりまして、これはまさにねじれという問題があったかと思います。
衆議院だけ視野に入れますと非常にうまくいったのかもしれませんけれども、やはり参議院が置かれた統治機構の中でそういった運用をしていきますと、どうしても、場合によると深刻なねじれというものが生まれてしまうのではないかと。ですから、憲法に見合った、何といいましょうか、内閣の基盤のつくり方、特に両院に基盤を置いたような内閣の運用の仕方、今も基本的にそうなっているように思いますけれども、というのを一つ考えてみる必要があるのかなというふうに思っております。
政官関係というのは基本的に政治主導をどうつくるかということで考えられてきたところがございまして、政治の主導性なり中心性をつくるということは私自身も賛成なのですけれども、必ずしも内閣を強化するということだけではなくて、国会との関係でどうやってしっかりした基盤をつくっていくのかということがやはり重要になるのかなと、そんなふうに考えているところでございます。

〇倉林明子君 今も只野参考人お触れになったんですけれども、そのねじれのところについて少し伺っておきたいと思うんですが、内閣と参議院との関係について、強い参議院と政治主導の確立について積極的な位置付けが可能だというようなところをお触れになった文章を読ませていただいたんですけれど、ねじれたことが悪いという御意見も多いんですけれども、逆にねじれというのが憲法の要請から見て重要な意義があるんじゃないかという御指摘かと受け止めたんですけれども、その点について少し御説明いただければと思います。

〇参考人(只野雅人君) ちょっと、どうお答えするか難しいところがあるのですけれども、やっぱりねじれて物事が決まらないというのは、これはこれで大きな問題だと思うんですね。ですから、問題は、何といいましょうか、両院の党派構成が食い違うことはあり得るという前提に立った場合どういう運用をするのがよろしいのかと、多分こういうことになってくるのかなというふうに思っております。基本的には、やっぱり両院に基盤を置いて内閣の在り方を考えるというのが基本になってくるのではないかなというのが私の基本的な見方でございます。

〇倉林明子君 最後にお三方にお尋ねしたいと思うんですけれども、内閣の機能を強化する行政改革の取組ということでこの間されてきたと。しかし、今、実態として、安倍首相がいよいよ閣議決定で解釈改憲もして集団的自衛権の行使に踏み込もうというような大変強い機能を発揮している、本当に暴走しているんじゃないかという声も上がっているところだと思うんですが、私、閣議決定でこういう強権的な政治が進められているというようなときに、やっぱり参議院がブレーキ、均衡という、抑制と均衡という観点から果たすべき役割は極めて大きいと思っているんですが、そのことに関して御意見をお三方に伺って終わりたいと思います。

〇会長(武見敬三君) それでは初めに、牧原参考人、どうぞ。

〇参考人(牧原出君) 内閣強化と行政改革会議等で言ってきたのは、各省に対する内閣の強化であったと思われます。国会との関係は必ずしもそこでは議論にはなっていなかったと思われますので、閣議決定によって解釈変更を政府が行おうとするならば、当然、それについては国会でその中身をただしておくということが国会審議に求められていくわけで、その国会審議の中でまた新しい、これまでは新しい見解、政府見解というのが出されてきたと思いますので、それがどうなるかということを国民として見守っていきたいというふうに考えております。

〇会長(武見敬三君) 中島参考人、どうぞ。

〇参考人(中島忠能君) 総理大臣のリーダーシップとか、あるいは強力な総理大臣とか、民主的な国会運営とかいろいろ言われますけれども、結局は政権を握っている与党というものの寛容というんですかね、譲歩というんですか、そういうものを前提に野党の方、少数党の方も十分発言の時間が与えられる。そして、少数党の方もいたずらに審議を長引かせないとか、あるいは採決をずらせるような戦術は取らないとか、そういうような態度をお互いに取るとやはりいい国会運営ができるんじゃないかと思いますし、そういう両政党側のお互いの協力というんですか、そういうものの中にあって、総理大臣というものが国政運営の上で威厳を持ってきちんとしたリーダーシップを発揮されるという姿を見せていただきたいなというふうに思います。

〇会長(武見敬三君) 只野参考人、どうぞ。

〇参考人(只野雅人君) いろいろ申し上げなければいけないことがあるような気がいたしますが、基本的にはやはり国会の中できちんと審議をする。先ほど牧原参考人もおっしゃられましたように、ここがすごく大事なことなのかなというふうに思っております。
それから、内閣の基盤自体も必ずしも一つの政党だけでつくられにくいということもありますので、本来的に言うとそこがある種のバランスを取るような意味を持ってくる部分もあるんじゃないかなというふうに思っておりますが、やっぱり基本的には国会の中できちんと審議をする、あるいは国会がそれに対して十分な能力を発揮するということが非常に重要なんではないかというふうに思っている次第でございます。