国会レポート

憲法の原則ふまえて(国の統治機構に関する調査会 参考人質疑)

2013年11月27日

 参院・国の統治機構に関する調査会は11月27日、「議院内閣制における内閣の在り方(議院内閣制の現代的課題)」をテーマに参考人質疑を行いました。

 参院選後に新たに設置された同調査会は、今後3年間で「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」について調査します。

 日本共産党の倉林明子参院議員は、「調査を進めるにあたっては憲法の基本原則(基本的人権の保障、国民主権、平和主義)をふまえる必要がある」と主張。2人の参考人に対し、安倍晋三首相が改憲の突破口にしようとしてきた憲法96条改定について見解を求めました。

 明治大学の高橋和之教授は、「衆参それぞれの総議員の3分の2以上の賛成という改憲の発議要件を2分の1に緩和することは、代表者の権力行使の統制という立憲主義の理念と整合性がとれなくなる」と指摘しました。駿河台大学の成田憲彦教授は、「改憲内容のコンセンサス形成がされていない」と指摘。両氏とも96条改定は許されないという立場を明らかにしました。

議事録を読む(参考人意見)
第185回国会 国の統治機構に関する調査会  2013年11月27日

本日の会議に付した案件
国の統治機構等に関する調査
(「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方(議院内閣制の現代的課題))

〇会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は「議院内閣制の現代的課題」について参考人から意見を聴取いたします。
御出席いただいております参考人は、明治大学法科大学院教授高橋和之君及び駿河台大学法科大学院教授兼法学部教授成田憲彦君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考といたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず高橋参考人、成田参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、高橋参考人からお願いいたします。高橋参考人。

〇参考人(高橋和之君) ただいま御紹介にあずかりました高橋です。よろしくお願いいたします。
今日は、議院内閣制に関する見解を述べる機会を与えていただきまして大変光栄に感じております。日ごろ考えてまいりました私の憲法理解を御披露させていただき、少しでも皆さんの参考になるとすれば大変幸せに感じます。
憲法は、統治機構に関して二つの種類のルールを定めております。一つは、政策を決定していく方法についてのルールであり、もう一つは、法律化された政策を執行していく方法に関するルールであります。議院内閣制は前者に属し、後者は法の支配とか法治国家というものを制度化する領域に属するものと私は考えております。国の政策を決定し執行可能な状態にするには、政策を予算と法律の中に具体化する必要があり、それを行うに際して依拠すべきルールとして議院内閣制と呼ばれるメカニズムが定められているのであります。日本国憲法は、国会が内閣総理大臣を指名し、衆議院が内閣を不信任する権限を持ち、これに対して内閣が衆議院を解散する権限を持つことを規定しておりますから、典型的な議院内閣制を採用したと言うことができます。
しかし、議院内閣制の運用の仕方は、選挙制度や政党制の在り方などによって異なりますから、国により様々であります。その特徴を比較するために提案された分類で、私が日本の問題を考えるのに非常に示唆的であると考えているのは、直接民主政と媒介民主政という区別であります。
直接民主政といっても、古代ギリシャ的な直接民主政を意味しているのではなく、制度的には代表制を前提にした区別でありまして、国民が選挙で代表者を選ぶのでありますが、それを通じて、実際上、国民が直接、首相とその政策を選択したと言えるような具合に議院内閣制が機能する場合を直接民主政的運用といい、イギリスの議院内閣制の機能の仕方がその典型例だとされます。
これに対して、選挙の結果、首相とその基本政策の選択が明確には表れず、その決定が議会内の諸党派の間の話合いによりなされるという在り方を、決定が代表者に媒介されるということから媒介民主政的運用といい、ヨーロッパの比較的人口規模の小さなベルギーとかオランダ、あるいは北欧諸国などの議院内閣制の運用の仕方がその例とされております。
この分類は、議会における政策決定の在り方に着目するという視点からは、対決型と協調型と呼ばれることもあります。イギリス型では、選挙の結果、基本政策の選択が終わっておりますから、勢い、議会での討論は、与野党の妥協を模索するというのではなくて対決する形のものになるのに対しまして、媒介民主政では、党派間の妥協と合意を模索する協調型になるというわけであります。
この直接民主政と媒介民主政、あるいは対決型と協調型のどちらが民主政治の在り方としてより優れているかということは、これは一概には言えません。しかし、各国の政治文化の在り方や歴史の違い等との関連で、その国にとってどちらがより適しているかということはある程度議論できるのではないかと考えております。
この分類を頭に置いて、戦後日本の議院内閣制の運用の仕方をとらえるとすると、いわゆる五五年体制という形で日本では議院内閣制が運用されてきたわけですけれども、この五五年体制下においては媒介民主政的であったと私は考えております。
選挙の結果、自民党が多数を獲得していたという点のみに着目いたしますと、国民が直接選択をしていたのであり、直接民主政的であったのではないかというようにも見えますが、しかし、そこで国民が行っていたのは体制選択にすぎず、現実の首相と基本政策の決定は、選挙後に自民党の派閥間の話合いで行われるというのが通常でありました。派閥が政党内政党という性格を持っていたということを考慮いたしますと、これは媒介民主政的であったというべきであろうと思います。
当時、学説やメディアの支配的論調が、日本国憲法が想定する政治の在り方をどのように理解していたかといいますと、議会制民主主義論がそれでありました。憲法は、国民主権を掲げ、国会を国権の最高機関と宣言し、国会が内閣総理大臣を指名すると定めていますから、国民により直接選挙された国会こそが政治の中心に置かれ、国民の間に存在する様々な意見を忠実に反映した国会が討論を通じて政策決定を行い、それを内閣が官僚機構を使って忠実に執行していくんだという政治の在り方こそ憲法が想定し得るものであるという理解であります。
この考えを基礎にして、国民の意思が議会に反映されていないといって腐敗選挙や定数不均衡を批判し、あるいは代表者による討論と合意形成が適正に行われていないんじゃないかといって強行採決とか議事妨害などを病理として批判してきたのであります。これは媒介民主政的な理解を基礎にした批判であったと私は考えております。
他方、戦後の現実の政治は、戦前と同様に官僚機構を中心に行われてまいりました。この実態は、議会制民主主義論からすると、本来国会が政治の中心となって政策決定を行うべきであるのに、実際は官僚が実質的な政策決定を行っており、これは憲法に反する非民主的な在り方だということになります。
議会制民主主義論者には、官僚が実質的に策定した政策を実施するための法律と予算が官僚の要請を受けて内閣によって国会に提案され、それが十分な審議、討論を経ないまま与党の数の論理により承認、可決されており、議会による決定が形式にすぎないものとなり空洞化されているという批判になって表れたのであります。官僚に対する批判が特に強くなるのは、経済成長が停滞し、分配がゼロサムゲーム的になることを契機にいたしましたけれども、国民に痛みを与える決定を民主的正統性を欠く官僚が行うことは許されないんではないかというふうに感じるようになったのであります。
では、このとき官僚に取って代わるべき主体として想定されたのは、議会であったのでしょうか。議会制民主主義論からいえば、そうなるはずでありました。しかし、議会は、その組織と行動の準則からして、現代政治の要請には的確にこたえることが困難な機関であります。国際化がますます進展する中で、現代国家は臨機応変の対応を迫られます。それにこたえ得る機関は、日本国憲法上は議会ではなく、内閣以外にありません。そうだとすれば、内閣により迅速な対応を可能とする権限を与えると同時に、その内閣が暴走しないように民主的コントロールを行うという戦略が必要になります。議会制民主主義論は、そのような目的から構成された理論ではないのであります。
私は、現代日本国家の課題により良くこたえ得る議院内閣制の在り方につき、国民内閣制論という考え方を提案し、主張をしてまいりました。これは、イギリス型をモデルにし、それを日本の現状の改革に適用させようとしたものであります。
政治には、まず誰かが国家、社会が必要としている政策の提言を行い、その支持者を獲得していこうというアクション、イニシアチブを起こすことが必要です。しかし同時に、アクションの暴走を防ぐためにコントロールも必要です。この政治におけるアクションとコントロールのバランスという見方を議院内閣制の運用の仕方に投影いたしますと、アクションの主たる担い手は内閣であり、コントロールの担い手は国会であるという役割分担になります。議会制民主主義論が決定と執行という図式で議院内閣制をとらえ、したがって、議会に決定、内閣に執行の役割を配分したのとは、役割のとらえ方が異なっております。
そこで、新たに重視されることになった内閣によるアクションにデモクラシーが要求する民主的正統性をどう確保するかということが問題になってまいりますが、それを議会による選任だけに見ていたのではアクションが必要とする強固な基盤は得られないと考えまして、国民による事実上の直接的選択と関連付けようというのがここでの戦略ということになります。内閣は、議院の信任よりは国民の直接的信任に基礎を置くべきだということで、これを私は国民内閣制的運用と呼んでおります。
国民に支持された基本政策の選択を基礎に、内閣が官僚の協力を得てそれを強力に実施、執行し、国会、特に野党がこれをコントロールするというのが私の描く議院内閣制の運用の在り方であります。
国会の役割を基本的には内閣のコントロールという観点から理解するとした場合、憲法の採用している二院制はどのように理解すればよいのでしょうか。国会の役割を議会制民主主義論のように政策決定というところに見る場合には、国会をアクションの担い手と見るわけでありますから、二院制は相互の抑制、均衡を通じてアクションの行き過ぎを防止する制度だという理解になるでありましょう。
これに対して、国会の役割をコントロールに見る場合には、アクションを担う内閣の立場から見れば二つの院のコントロールを受けるということになりますから、コントロールが強化されるということになります。したがって、アクションとコントロールの適切なバランスを考える場合、このことに留意する必要があると考えております。
このことを頭に置いて衆議院と参議院の役割分担を考えますと、両院のコントロールを異なるものと考える必要があります。同質のコントロールと考えたのでは、屋上屋を重ね、コントロールがアクションに優越し、バランスを失するということになるでありましょう。そうならないためには、衆議院によるコントロールで生じ得る不十分な審議を参議院で補完し、適正なバランスを回復するという説明になるかと思います。
より具体的には、衆議院で十分に議論されなかった論点を補足し、国民に内閣が提案し、衆議院の多数派が支持をしている政策の意味と問題点をよりよく知らせるためのものという理解になります。
いずれにせよ、コントロールの役割を遂行する中心主体は野党ということになりますから、特に衆議院において十分に代表されていなかった少数派の視点から論点が解明されるような議論が十分に行われるということが必要だということになります。
しかし、コントロールはアクションを不可能にするものであってはなりません。国民の支持を得て選択された政策は、原則的には実施される権利を持つと考えるべきであります。政治にはあらかじめ判定できる正解というものがあるわけではないと考えておりまして、常に試行錯誤していく以外にないと思います。したがって、施行される権利が認められると考えるべきだということであります。
そこで、このような考えから、憲法の定め及びその現実の運用を見ますとどのような問題があるかということを最後に簡単に指摘させていただきたいと思います。
本日のテーマは内閣の在り方ということでありますが、内閣自体の問題についてはほかの意見陳述が予定されておりますから、私は内閣との関連で見た国会の在り方に焦点を当てることにさせていただきたいと思います。
第一に、内閣のコントロールが国会の最も重要な役割であるということから、行政をコントロールする制度、例えば情報公開制度とか行政手続法というような制度、こういった制度の制定は国会が自らのイニシアチブで積極的に行うべきものであるということであります。情報公開法や行政手続法というのが、本来国会の側で提案すべきものであった、にもかかわらず内閣提案として制定されたということは、国会の側としては反省すべきことではないかと私は考えております。
第二に、国会によるコントロールの中心的主体となるのは野党であるということを考え、野党がその役割を効果的に果たし得る権限と手続を確立する必要があります。例えば、憲法が議院に与えている国政調査権は行政のコントロールのための重要な権限でありますから、これを野党が発動し得るようにする必要があります。
国政調査権を発動するかどうかを多数決で行うということになりますと、野党にはこの権限を十分に活用できないということになりますから、調査自体は少数派による決定ができるようにすべきであります。しかし、もちろん、調査の結果を踏まえて議院の意思を議決し、表明するという場合には、当然多数決により行うということになります。
第三に、参議院によるコントロールは衆議院における討論により十分に扱うことのできなかった論点や視点を明らかにすることが中心になるべきことを考えますと、そういった点を最も鮮明に意識し得る立場にいるのは野党でありますから、審議の主題と時間配分、議事日程の決定については野党のイニシアチブを最大限尊重する必要があると考えております。
第四に、しかしコントロールが強くなり過ぎてアクションが不可能になってしまうということは避けなければなりません。これが特に問題になるのは、いわゆるねじれ国会となったときでありますけれども、日本国憲法は参議院に非常に強い権限を与えておりますから、参議院の多数を制している野党がその権限をとことん行使する場合には、こうした問題が生ずるということになります。
これを解決する方法としては、一つは、憲法が想定する衆議院で三分の二を形成するという方法が考えられますけれども、それが困難ならば、協調型の運用を目指す以外にありません。最も極端には大連立の形成ということになりますけれども、それが民主政治の在り方として好ましいかどうか疑問があります。
私は憲法が改正されない限り、野党の見識に期待する以外にないと思っております。少なくとも予算関連法案については、予算の承認に衆議院の優越が認められているという憲法の精神からいって、参議院の野党はその問題点を明らかにするための十分な審議を行った後は、法案に賛成しないまでも可決に至り得るような配慮をすべきではないかと考えております。
具体的な方法としては、無記名投票とか党議拘束を外すとか、あるいは投票を棄権するとかいろいろ考え得ると思いますけれども、こうした野党の賢慮、賢い思慮に期待ができないというのであれば、憲法改正をして参議院の権限を弱める以外にないということになります。参議院の役割としては、内閣及び衆議院多数派に再考を求めるというのが基本であります。一定期間の停止的拒否権のようなものにする必要があるのではないかと私は考えております。
第五に、ねじれ国会に関連しますが、参議院による内閣に対する問責決議は憲法上問題があると思います。決議をするだけならまだしも、問責した内閣とは一切の交渉を拒否するというのは、内閣総理大臣その他の国務大臣の議院出席の権利を規定した憲法六十三条に反するのではないかと考えております。
以上、簡単でありますけれども、私の意見陳述とさせていただきたいと思います。
御清聴ありがとうございました。

〇会長(武見敬三君) ありがとうございました。
次に、成田参考人にお願いをいたします。成田参考人。

〇参考人(成田憲彦君) 成田でございます。
私の方からは、政治学の立場から議院内閣制における内閣の在り方を考える前に、どのような検討課題があるかということにつきまして、特に諸外国の議院内閣制の国との比較を通じて考えていきたいというふうに思います。
大変けばけばしいパワーポイントで恐縮でございますが、パワーポイントを使いまして御説明をさせていただきます。(資料映写)
まず、議院内閣制の構造ですが、基本的に、言うまでもなく、主権者たる国民による選挙、この構造は代表制の構造ということで、ここをどういうふうに制度設計するかということは大変重要な問題でございますが、今回は扱わないことにいたします。議会の多数派の信任、政権基盤の提供によって内閣が成立する。それから、内閣がその行政を、国民に対する行政を行うために必要な予算、法案を議会に対して提案する権限を持つ、こういう構造になっております。
この議院内閣制を理解するために大統領制と比較してみますが、大統領制は国によって大変多様でございますが、これはアメリカの例でございますが、最大の特徴は、議会が国民によって選挙されると同時に、大統領、行政権の長も国民によって選挙される。両者とも自分は国民から選ばれたということを主張することができるということでございます。
したがいまして、この議会と大統領との関係が問題になりますが、アメリカの場合は、大統領というのは世界で一番影響力の大きい政治家というふうに考えられているかもしれませんけれども、アメリカの大統領はそういうふうに思われているかもしれませんが、それはアメリカという国が大国であり、強力な軍隊を持っているからでありまして、制度的には非常に議会の方が強いと言っていいと思います。三権分立で、議会は行政監督権を持っておりませんが、その代わり、自律的な立法権、法律を自由に作るという権限を持っておりまして、その法律で大統領の行動を縛る。これに対して大統領は、教書で議会に立法を要請するということができますし、実際には依頼立法という形で議会に法案を作ってもらいますが、しかし議会はそれを大幅に修正するということで、極めて自律的な立法機関であるというのがアメリカの大統領制の特徴でございます。
その結果、大統領制と議院内閣制を比較してみますと、これは議院内閣制の特徴というものを御理解いただくために比較しているんですが、まず行政府につきましては、大統領制は、国民から直接選挙されているために非常に強力なリーダーシップを発揮できる、その一方で、議会とねじれた場合には活動を非常に制約される。現在、民主党のオバマ大統領と下院の多数派の共和党、ねじれているわけで、こういうねじれた場合の政治が停滞するという問題がございます。それに対して議院内閣制は、国民が直接首相を選ぶわけではありませんので、リーダーシップは必ずしも強力に発揮できるとは限らない、これは首相のパーソナリティーにもよりますけれども。しかし、必要な予算、法案は成立する、基本的に成立するという関係にございます。
重要なのは、大統領制の場合と議院内閣制の場合で議会がどういうふうに性格が変わるかということでございます。
大統領制の場合は、大統領が国益の実現を図る、議会の方は、国益は大統領に任せて、極めて地元への利益誘導型あるいは有権者を意識した議会になりやすい。例えばアメリカの議会も、国内政治、内政の面では地元利益優先型の議会です。フランスもそうです。先日、九月いっぱいで次年度の予算が成立しませんで、しばらく政府機関が閉鎖ということになりました。なぜあれほど議会が頑張ったかというと、議会は国益を考えない、あくまでも地元利益。この間のアメリカの場合は、地元の有権者、自分に、共和党に投票してくれる有権者たちの政策選択、イデオロギー選択、そういうものを非常に意識したために妥協が成立しない。議院内閣制ではこういうことはあり得ない、大統領制の議会であるからそういう対立が、極めて強い対立が生じたというふうに考えることができます。逆に、政権競争の場としての議会の性格はそれほど強くないということが言えます。
それに対して議院内閣制の場合は、議会は単に地元利益の誘導ばかりではなくて国益を実現するという要請を果たさなければならない。自民党の長期政権の時代には、ここは自民党システム、大変うまくできておりまして、若手議員は地元利益専念、それに対して派閥の長とか総理経験者のような大物政治家は国益を代弁するというような役割分担がございました。いずれにしても、議会が国益も見なければならないということがございます。同時に、議会は政権競争の場としての性格も帯びるという特徴がございます。
政党制につきましては、大統領制というのは全国を一区とする小選挙区制でございますので、二大政党ないし二大ブロック制、例えばフランスのような二大ブロック制になりやすい。議院内閣制の場合は選挙制度によって大変異なりまして、一般的には、デュベルジェの法則と呼ばれておりますように、比例代表制は多党制、小選挙区制は二大政党制になると、こういうことでございます。
これが大統領制と比較した場合の議院内閣制の特徴でございます。
それで、これから議院内閣制における内閣の個別的なテーマについて見てまいりますが、まず、議会と内閣との関係が問題になります。極めて大ざっぱに言いまして、内閣が強いタイプの議院内閣制、それから議会が強いタイプの議院内閣制、両者が非常に協調しながら折り合っている議院内閣制、非常に大ざっぱに分ければこういうことになるかと思います。
内閣が強い議院内閣制は、代表はイギリスでございます。イギリスは与党の執行部というのはありませんで、即政府が与党の執行部で、議事日程を決めるのは政府です。それから、議会の審議において動議などを出して例えば議長に採決を求める、そういう動議を提出するのは、これは閣僚でございます。政府が議事進行の動議を出す。
それから、フランスは伝統的に議会が強い政治体制ですが、第五共和制になりまして非常に政府の強い体制になりました。議事日程も、従来、第五共和制においては政府が決めた議事日程が優先されるということが続いてまいりました。ただ、この点につきましては、二〇〇八年にサルコジ大統領による憲法改正がありまして、政府の定めた議事日程が優先されるのは四週間のうち二回だけというように議会の権限及び野党の権限を強化する憲法改正が行われましたが、その他、政府の権限は大変強いという形でございます。
日本は議会が強い、国会が強いというのは、先生方におかれては意外と思われるかもしれません。実感として、政府は強いんだ、こういう恐らく実感があると思います。しかし、類型論的にいいますと、日本は大変議会の強い議院内閣制でございます。
議院内閣制につきましては、第一次大戦後に議院内閣制の第一次合理化ということが行われました。これは、内閣が議会に対して責任を負うという体制が大ざっぱに言って第一次大戦後に成立をいたしました。第二次大戦後に議院内閣制の第二次合理化ということが行われました。これは、第一次合理化で強くなり過ぎた議会に対して政府の権限を強化するという改革が、第二次大戦後に例えばドイツであるとかフランスであるとかいうところで行われました。日本国憲法というのは、私の感想では、第一次大戦後の第一次議院内閣制合理化の形の議院内閣制でございまして、したがいまして、内閣が議会に対して責任を持つけれども政府は弱い立場に置かれるという体制でございます。
議会と内閣が協働関係にあるのはドイツ、イタリアでございまして、それぞれ議事日程につきましても、議会と政府の意見もしんしゃくして議事日程を決める。ドイツなどは委員会審議も、政府、具体的には官僚の政府委員ですが、政府委員と与党、野党、三者が話し合って法案の修正を図るという協働関係に立っております。
日本が議会が強いということの内容について御説明します。
現在、内閣は国会のスケジュールには全く関与できません。諸外国では、内閣、政府が審議スケジュールを決定できるか、先ほど申し上げましたように、イギリスとかフランス第五共和制です、あるいは何らかの形で関与ができる。しかし、日本は全くできない。それから、内閣は長時間国会出席を強いられる。これは現在問題になっております、総理の国会出席の日数を減らすという、あるいは大臣の海外出張の間は副大臣が答弁をすると。
これは、御承知のとおり、日本アカデメイアという団体が各国の議会における首相の拘束時間のデータを出しました。これは、日本は百二十七日、それからフランスが十二日、イギリスが三十六日、ドイツが十一日ということになっております。これは日数ですから、例えばイギリスでは一日とカウントしているクエスチョンタイムは中身が三十分ですが、日本は一日というのは朝九時から昼休みの一時間を除いて五時まで拘束されるということで、時間で考えますと、はるかに日本は拘束が強いと、こういうことでございます。
なぜ日本では政府の国会出席がそれほど長いかといいますと、国会の審議が内閣に対する質疑であるということです。諸外国の場合は、政府に対する質疑ではなくて、与野党でこの法案をどういうふうに修正するかということを検討するのが中身でございまして、先ほども申し上げましたフランス、イギリス、ドイツにおける首相の国会出席も、多くは質問、対政府質問とか質問時間ということで、日本では党首討論という形で党首だけが総理と議論ができますが、諸外国では総理及び大臣に対して質問ができます、口頭質問ができます。日本では現在、文書質問になっておりますが、諸外国は口頭質問がございまして、それに答えるために出席するという程度で、質疑は与野党が法案の修正を検討するという形のために、諸外国では首相、大臣の国会出席時間が短いということでございます。
更に大きいのは、日本は内閣の自律性が制約されているということでございます。行政機関法定主義、行政機関につきましては、国家行政組織法で行政機関については法律で定めるということになっておりまして、具体的な省庁それから組織、権限等が法律で定められております。その結果、大臣一人増やすにも国会の同意、すなわち内閣法の改正が要るわけでございます。これは諸外国から考えますと大変特殊な例でございまして、諸外国では、例えば大臣の数はイギリスでは首相は勝手に決められますし、諸外国でも基本的には政府の方で決められる。主要国の中で省の設置について議会の法律が必要なのはアメリカでございますけれども、アメリカも大統領府の構成については大統領が自由に大統領命令、エグゼクティブオーダーですることができるということがございます。
それから、国会同意人事もアメリカ以外にはございません。例えば、ドイツでは憲法裁判所の裁判官は半数が上院、半数が下院が決めるというように議会が人事をすることはございますが、政府の任命を議会が同意を与えるということは、諸外国ではアメリカの上院の同意権以外にはございません。アメリカでも、閣僚等の任命について上院の同意が必要なために、この同意が非常に政争の具に用いられるという現象が起きておりまして、つい最近、上院の人事に関する案件については、上院の抵抗手段として有名なフィリバスターは適用しないという改正が、つい数日前だったと思いますが成立いたしました。そのように、行政の組織それから人事、これらに議会が関与するというのは日本の特殊性でございまして、これが日本が強い議会であるという中身でございます。
二院制になりますと、この図はフランスでございますが、これは上院のリュクサンブール宮殿、下が下院のブルボン宮殿でございますが、ねじれという問題がございます、高橋参考人からも御指摘がございました。ただ、日本の場合は、私は、参議院は反省の院とか抑制と補完の院とか言っておりますが、憲法四十三条第一項によって全国民を代表する選挙された議員で構成するとなっておりますから、衆議院に何ら遜色のない国民代表機関だと思っておりまして、参議院の方が抑制的である理由は何らないというふうに私は考えておりまして、問題は衆議院と参議院の調整のシステムをどうつくるかということだろうと思います。
それから、与党、先ほど国会は、議会は日本は例外的に強いということを申し上げました。じゃ、どういうふうにして政府の意思を通すか。ここに与党というものが登場する。与党という存在、これが非常に大きな意味を持つのは日本の統治システムの特徴でございます。
諸外国では、内閣は与党に対しても自律的です。しかし、日本では与党が政府案の事前審査を行う。なぜ行うか。これは先ほどの強い国会に対して、法案の成立の責任を持つのは政府自身ではなくて与党であるからという、強い議会に対する代償措置として与党というものは強くなると。したがって、日本の統治システムの非常に大きな特徴を一言で言えば、与党という権力機構が成立している。幹事長は大臣五人分に当たる、こんな強い与党はほかの議院内閣制ではございません。したがって、与党という存在をどういうふうに考えるかというのも議院内閣制を考える場合の非常に大きな問題でございます。
次に、首相と内閣でございます。
首相は、憲法では内閣の首長になっておりますが、内閣法では閣議至上主義と言っていいと思います。憲法では内閣の首長ということで、例えば行政各部を指揮監督するというふうに書いておりますが、内閣法では、内閣総理大臣は閣議で決定した方針に従って行政各部を指揮監督する、それから所管に争いがある場合には閣議にかけて裁定をする等々、全て閣議で決めなければならないということでございます。
それから、首相は主任の大臣かと書きましたけれども、内閣法第三条第一項で、各大臣は、別に法律の定めるところによって、主任の大臣として行政事務を分担管理するという、いわゆる分担管理の原則、分担管理の原則それ自体は憲法で定めておりますが、法律で分担管理の中身を定めるということを内閣法で規定しております。
先ほど、日本は、行政府は自律性を持っていない、何でも議会で、国会で決められなければいけないというふうに申し上げました。分担管理というのは、昨日ですか、成立しました国家安全保障会議設置法、あれもこの法律に言う主任大臣、この法律における主任大臣は内閣総理大臣とするというふうに書いておりますが、普通、あるチームに何かを任せた場合、そのチームの中でどういう分担をするのかということはそのチームで決める、あるいはリーダーがいる場合はリーダーが決める、誰々さんは何をやってくださいと決めると。ところが、日本は、どの大臣がどの行政事務を分担するか、どの行政事務について主任の大臣となるかということについて法律で定める、議会が決めなければいけない、こういうことが、これは先ほどの議会が強いということのさらに例でございますが。
それで、首相はほかの大臣と同時に行政事務を分担管理する大臣かということにつきまして、私は大変疑問を持っておりまして、内閣の首長というものは行政事務を分担管理する他の大臣の上にあって内閣を指導する、諸外国の場合はそういうふうになっておりますので、日本の総理もそういう地位を獲得すべきだというふうに考えております。
最後に、現在、内閣官房と内閣府がございます。民主党が計画しました国家戦略局、成立しませんでした。成立しなかったのは残念ですが、内閣官房と内閣府に、さらに国家戦略局ができますと、もう非常に首相のサポート機関が混乱するというふうに私は個人的に思っておりまして、現在の内閣官房と内閣府につきましても整理ができていない。このサポートの仕組み、対象が内閣か首相か、そういうことにつきましても大きな検討課題だというふうに思っております。
急ぎましたけれども、取りあえずのプレゼンテーションとさせていただきます。
ありがとうございました。

〇会長(武見敬三君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取は終わりました。


議事録を読む(参考人質疑)
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いをいたします。
なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力をお願いいたします。
それでは、質疑のある方は挙手をお願いをいたします。

〇会長(武見敬三君) それでは次に、倉林明子君。

〇倉林明子君 日本共産党の倉林明子でございます。今日はありがとうございます。
初めての調査会ということで、国の統治機構に関する調査をこれから始めていくというときに、私、大変大事にする必要があると考えておりますのは、日本国憲法の基本的人権保障、国民主権、平和主義、基本原則をまず踏まえて議論していく必要性があるんだというふうに認識をしております。
そこで、お二人の参考人にお聞きしたいんですけれども、国家による権力行使を統制すると、これが立憲主義だと思っているんですけれども、統治機構に関する憲法の規定の土台になるものじゃないかというふうに思うんですけれど、御見解をお聞かせください。

〇参考人(高橋和之君) 憲法というのは権力を統制するものだという点は全くそのとおりだと思います。
したがって、どういう形で統制していくのが一番いいかということを一生懸命考えているわけでありますけれども、今日私が強調したかったのは、統制だけでは駄目で、行動というか、政治を行っていかなきゃいけない。政治が法に従って行われることが、これ法の支配でありますけれども、法の支配の前に政治を行っていくということが非常に重要であり、皆さんに期待されているのは立派な政治をやっていただくということであります。それをやっていくための考え方といいますか、それを内閣と国会との関連でどうとらえていくかという、これを今日はお話しさせていただきました。
憲法による統制という方は、最初に申しましたように、憲法のルールのもう一つの分野で、法に従って決定された政策を執行しているときに、きちっと法に従っているかどうかということをどうやってコントロールし確保していくかと、こういうことだと思います。それも非常に重要な問題でありますけれども、今日はそういうことをお話しさせていただく時間がなかったものですから、立ち入ることができませんでした。
以上です。

〇参考人(成田憲彦君) 憲法が権力を統制していくというものはそのとおりでございまして、これが立憲主義というものでございます。この立憲主義を貫徹するためには、二つの方法がございまして、一つは憲法改正を行うというものと、憲法改正を行わないで対応するというものでございます。
憲法改正をする場合には、先ほども申し上げましたが、第二次世界大戦後の議院内閣制の合理化ということにつきまして、内閣の権限強化ということを申し上げましたが、もう一つ、第二次大戦後の憲法改正の非常に大きな特色の一つは、憲法裁判所の設置でございます。
ヨーロッパの憲法裁判所は、専門用語で抽象的規範統制と言いますが、国会が法律を作った場合にそれが憲法に適合しているかどうかというのを憲法裁判所が判断をするという権限を持っている。これは民主主義の非常に大きな修正でございます。つまり、国民が選挙した議員が作った法律を少数の法律の専門家が無効にしてしまうということで、大変大きな民主主義の修正でございますが、フランス、ドイツ、イタリア、憲法裁判所がございまして、憲法裁判所による憲法遵守というのが一つの方法です。
それから、これはもちろん憲法改正を要するわけですが、憲法改正をしないで憲法を守っていくのは、憲法学者、高橋先生の方がお詳しいんですが、いわゆる芦部憲法の憲法訴訟の論理でございまして、やはり憲法訴訟で対応していくというのが一つのやり方でございます。
いずれにしましても、最終的には国民がウオッチして選択していくというしか方法がないということになろうかと思います。

〇倉林明子君 立憲主義についてお話しいただきました。
改めて、さきの参議院選挙、総選挙もそうだったんですけれども、自民党さんの改憲案の提案も含めて、国民の中では大きくやっぱり憲法が焦点になった選挙でもあったんじゃないかというふうに思っております。九条を変えるということと併せて一つの争点にもなりました九十六条の改正についてどう考えるのかということで、我々、当然この三分の二の規定については重いものだというふうに考えているわけですけれども、この改憲の発議の問題について、各院の三分の二以上の賛成と、この議決権を二分の一に見直そうという議論に対してのお考えをそれぞれの参考人から伺いたいと思います。

〇参考人(高橋和之君) その点について私の見解を述べると多少時間を取るかもしれませんが。
九十六条で二つの重要な要件を定めております。一つは、国会が各院の三分の二の多数で発議するということですね。そしてもう一つは、国民投票ということであります。
従来の学会の通説的な見解では、九十六条は自分の根拠規定なんだからそれを変えることはできないんだと言ってきました。しかし、最近は、いや、必ずしもそうではなくて、変えられる部分と変えられない部分があるんではないかなという議論になってきているのかなと私は理解しておりますけれども、その場合に、じゃ、どう考えて、どこが変えられる部分でどこが変えられない部分かということになりますと、私は、日本国憲法が代表制を取っているということでありますから、その点を考えますと、憲法改正については国民投票がありますけれども、これは代表制と整合的に理解する必要があるのではないか。
そうしますと、代表制というのは、国民が代表者に信託して、代表者が全国民のために行動するという原理でありますから、そうしますと、通常は代表者を信託して通常の法律については過半数でいいと言っているところを三分の二必要だと規定した趣旨は、これはやはり憲法の改正というのは通常の法律よりはより重要であるからそこを重くしたということだろうと思うんですね。したがって、この三分の二というのは、代表制との関連で読めば非常に重要な規定であり、変えるということは改正の限界を超えるのではないかということになります。
これに対しては、いや、だって、国民投票があるんであって、国民が主権者で、国民が決定するんだから、その発議というのはそれほど重要ではないんだと、憲法改正については、代表制ではなくて、むしろ直接制であり、したがって三分の二というのは憲法はそれほど重要視するものではない、むしろ重要なのは国民投票の方であり、国民投票を変えるということは、これは許されないけれども、しかし三分の二を過半数に変えるのは、これは許されるのではないかと、こういう反論があるところであります。
私は、ここに二つの見解が対立する。つまり、国民の投票、国民の直接的な決定ということを重視するのか、それとも代表制ということを重視するのか。日本国憲法の基本的な考え方は代表制であるとすると、やはり代表者を縛っていると、憲法改正に関しては三分の二でなければならないという形で縛っているということは、これは憲法の本質的部分であると考えております。
国民投票というのは、それでも、三分の二でも代表者が間違うことがあるだろうと、だからその場合には国民は最後には拒否する権限がありますよという性質のものであり、国民が自分たちで決定するというようなものではない。国民が決定できるんならば、代表制を基本にする必要はなかったんですね。やっぱり国民は代表者を信頼して代表者に委ねている。しかし、憲法という重要なものについては通常とちょっと違って三分の二まで要求しますよということであり、それでも間違えることがある場合には、我々は拒否をする権限は残しますよということであって、我々が憲法改正をしますよというふうに読むべきではないだろうと考えておりますが。
じゃ、全然この九十六条を改正できないかといえばそうではなくて、国民主権の読み方によって、いや、国民主権というのは本来は直接制的で、国民が決定するということを重視しているんだと。そうだとすれば、現在、法律については代表制なんだけれども、しかし、法律についてもレファレンダムを導入しようではないかと、国民が直接決定し得るように、イニシアチブ、レファレンダムを導入していくと。それとの一環で憲法についても国民投票を最も重要なものと理解するんだと、こういう説明になれば、三分の二を過半数にすることも可能だろうと思いますけれども、九十六条だけを改正して過半数にするというのは憲法全体の整合性を崩すものではないかと私は解釈しております。
以上であります。

〇参考人(成田憲彦君) 私も、どういう憲法にするかということを示すことなく九十六条のみを改正するということには反対です。
各議院の三分の二で発議をするという高いハードルがあるから日本は憲法改正がこれまでできずに来たということについては、私は異論があります。非常に高いハードルを持ちながら憲法改正を実現している国は幾らでもあるわけでございまして、問題は、改憲の内容についてのコンセンサスが形成されてこなかったということが問題でございます。
したがいまして、コンセンサスの形成を図る、あるいはコンセンサスのあることから憲法改正をしていくということが本来の姿であろうというふうに考えております。

〇倉林明子君 ありがとうございます。

〇会長(武見敬三君) ありがとうございました。